

カツの仕事はもうおわかりですね。えっ?知らない??ならばお教えしましょう。私は2002年からバーテンダーをしています。ではカツのバーテンダー物語の紹介です。
2002年8月、私は六本木ヒルズのダイニングバーのバーテンダーで採用されました。そりゃあうれしかったですよ、六本木進出ですから。初めはバーテンダーが作るお酒をお客様まで運ぶドリンクランナー通称ドリランでした。当時はカクテルの知識もバーテンダーのテクニックもありませんでした。これではいかんと思い、上司に勧められたバーテンダーマニュアルを購入しました。一通り全部読んだあとカクテルブックを買い、だんだんバーテンダーの仕事を理解し始めました。ドリンクも作れるようになり、楽しかったのですが、お客様から見えないところで作るより、お客様の前でドリンクを作りたくなったので1年で辞めました。
2004年4月、中野のショットバーで働くことになりました。時期を見てあれ??っと思った方もいるでしょう。そうです、初めは掛け持ちでやったのです。個人店で働くのは初めてなので、お客様の少なさに驚いたものです。お客様が1人も来ない日も何日もありました。しかし目の前でお客様と話しながらお酒を作るというのはいいものです。すっかりハマリましたね。バーテンダーであり店長である人は実にお客様を楽しませることに長けていました。ものまねが上手でいくつか伝授してもらいました。その時思ったのです。彼みたいなバーテンダーになりたいと。お客様にも名前を覚えてもらえるようになりお酒もいただけるようになりました。それだけではありません。閉店が4時なのですが、それからお寿司や焼肉をごちそうになったりもしました。楽しくてしょうがない時に悲しい知らせが。オーナーの意見でお店を閉めることになったのです。それはそれは悲しかったです。結局2005年の1月いっぱいでお店は終了となりました。
2〜3月はイタリアに留学に行き、帰ってきて外国人の集まるお店で働きたくなり、以前から何回か行って気に入っていた六本木ヒルズのバーで働きたくなりました。しかしインターネットでの募集はありませんでした。諦められずオープン時間の午前11時、お店に直接電話しました。人事の方が出勤してくるのが夕方と聞き連絡を待っていたのですが、待てども待てども連絡は来ず、4時を回ったので遅くなったらお店が忙しくなると思い、連絡来たらすぐお店に行けるよう、スーツに履歴書持って六本木に向かいました。お店の前をうろついたり、お茶したりしてヒマをつぶしましたがいっこうに連絡が来ません。時計を見れば8時を回っているじゃないですか!我慢できずにお店に直行しちょうど表に出てきたスタッフに事情を話しました。そしたら
「連絡来てないんでしょ、ダメなんじゃない?」
がっくりきました。しかしここでカツは諦めません。店に侵入を図ったのです。店を見渡すとスタッフがたくさんいました。みんな同じ制服、アルバイトだなあなんて思ったその時!!
明らかにひときわ目立つ制服を着ている人が歩いてくるではありませんか!カツは勇気を出して話しかけました。
「今日電話したアルバイト志望の者ですが。」
店長らしき人は不思議そうな顔をして
「聞いてないけど・・・。」
耳を疑いました。そのあとちょっと待っててと言われどこかに行ってしまいました。しばらくすると店長は戻ってきて、伝達がなってなかったと謝られました。そして・・・
「募集終わったんだよね。申し訳ないけどもうとらないんだ。」
しかし諦めませんでした。何時間も待っていたこと、やる気があることを伝えたら、店長は考えたあとに奥に通してくれ、面接をしてくれました。真剣に受け答えをしていたら、
「じゃあやるか?」
私は喜び勇んで、お願いしました。
こうして始まったカツの新しいバイトはそれはそれは過酷なものでした。トップバーテンダーに自分の甘さを指摘され、ミスをすると怒鳴られ蹴られの毎日でした。しかし負けるわけにはいかないので必死になって働き続けました。スタッフのみんなも暖かく、私が休憩中にぐったりしていると、励ましてくれました。がんばろうと思いましたが、ある時出勤前に六本木ヒルズに着いてから足がピタリと止まりました。一歩も進めないのです。本能が拒否しているかのようでした。引き返したところでもう一度がんばってみようと誓い、出勤しました。それからも怒られましたが以前ほど辛くありませんでした。そしてある時、まったく怒られなくなりました。仕事もきちんとでき楽しくなってきたのです。トップバーテンダーとも笑顔で会話ができるようになりました。そんな時です。イタリア行きが決まりました。事情を話したら、トップバーテンダーが快く行って来いと言ってくれたのです。2005年の7月いっぱいでお店をやめましが、指導してもらったおかげで、教わったことを決して忘れない、ちゃんとした仕事のできるバーテンダーになれました。
2005年10月26日いよいよ自由人カツはイタリアのミラノに渡ります。今度のお店は新規オープンでドリンク専門は自分だけです。オープンにむけてのグラス選び、お酒選びを自分でしました。一人でカウンター18席+テーブル18席のドリンクを作りお客様に提供します。2008年からテーブル席がさらに16席増え、計50席の食前酒や食後酒を作り、お食事の際のワイン選びとサービス。オープン前は売り上げ集計やボトルの出数、在庫数を管理。仕事時間外でワイン業者に赴き、試飲して店に入れるワイン選び。そして閉店時には最後まで1人で残り、後片付けと店を真っ暗にして出るまでのクローズ作業。すべてが終わるのが夜2時ごろ。これを週6回しています。
2008年1月よりソムリエになるための学校にも行っています。レベル1〜3まであり、最後にテストを受け通れば銀バッチ、飲食勤労3年以上で金バッチがもらえます。現在はレベル1が終了し、テイスティングができるようになりました。レベル2は2008年
9月からです。ほとんどがイタリア人なので少し肩身の狭い思いですががんばっています。
最後にカツが目指すバーテンダーとはどんな職業かを話したいと思います。
バーテンダーとはエンターテイナーであり、カウンセラーでもあります。楽しく飲みにくる人がほとんどですから一番重要なのは、
「お客様を魅了し楽しませること」
そのためにまずお客様が何をどのタイミングで望んでいるかが大事です。どんな気分なのか、何をしたくて来たのか。
気配りも欠かせませんが、パフォーマンスも大切です。
話をしに来る人のために会話の引き出しもたくさん持っていないといけません。
今私はイタリアと日本の橋渡しをしています。
日本の酒に興味を持ったお客さまに細かく説明し、飲んでもらい、日本の文化を酒を通して伝えています。
イタリア国旗と日本国旗のショットを考え、目でも楽しんでもらっています。
こうして楽しんでくれたお客様が、日本にさらに興味を持って、日本にも行くようになることを願っています。
外国の方を楽しませることは、日本のそれを楽しませることより簡単です。難しいのは日本のお客さまを楽しませることです。上記に記したことを完璧に会得した本物のバーテンダー、これがカツが目指すバーテンダーです。
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